アラフィフママのひとりごと🫶🕊️🍀

すっかりうっかり大人です☺️心に映ったことを、時に軽く時に重く語ります🫶🕊️🍀 

ベイブレードにまつわるワンオペ子育ての記憶🕊

今週のお題ベイブレードの思い出』
応募とは関係なく 綴ります。
 


すりーつーわん

ごぉ〜
  しゅーっっ




今日もこだまする息子の声


アニメが先なのか
おもちゃが先なのか

コマに対する
作家先生のアイデアが尽きないのか

はたまたタカラトミーさんの陰謀なのか
(ごめんなさいm(_ _;)m)


家の中にゴロゴロ転がる

金属の塊……

うっかり踏むと

痛いどころか捻挫も必至

落とせば床に深い凹みができる

その兇器の名は(再びごめんなさい🙏)


ベイブレード





本当によくやったなぁ……
息子と一緒に( ・ิϖ・ิ)

アニメに出てくる

なんとかバルトくんとか
やたら大人びたクールな美形の子
鬼○に出てくる○獄さんみたいな
身体の大きな男の子
スネ夫とは比較にならない
本気でお金持ちの関西弁の少年


などなど
それぞれの持ちコマを使って
ときにはモノマネで台詞を言ってみたり
身振り手振り真似してみたり。


あの
何て言うんだろう……
円形競技場みたいな
黒くて透明の防御壁がついた
ゲーム盤というか
スタジアム???


それごと持って
それを抱える
息子ごと車に突っ込んで
上の娘の習い事や塾の
送り迎えに
行ったりしてたなぁ……


夫は仕事で
娘は娘で忙しく
(本当によく頑張っていました)
息子と二人
家で過ごすことも多かったので
対戦数は自慢できるかも😝




その頃の1日は
朝家族を送り出し
それを追いかけるようにして
パートや在宅ワーク

仕事のない日には
(掛け持ちも多かった)
PTAや読み聞かせ
学校関連のボランティアに出かけ


帰宅した息子の宿題をみながら
夕食の支度をして

上の子の帰宅を待って
二人の子をそれぞれの習い事に
ピストン輸送。

一度家に戻り夕食の仕上げをして
(滞在時間は15〜20分程度。この時間が以外と貴重。仕事が進む)
下の子を迎えに行き
帰宅して夕食。

お風呂に入れて寝かしつけて
(ベイブレードのコマと一緒に寝たりするんですよね😅これもなかなか危険💦)
そーっとそーっと
上の娘を迎えに出かけて……
ようやく1日の外交スケジュールを
終えて帰宅すると
夫が帰ってくる

再び食事の支度と洗い物……



あれ?

上の娘や自分は
いったいどのタイミングで
夕食を摂っていたのだろ?

おにぎりを持たせたこともあるけれど
毎回ではなかったはず

生き延びるのに必死すぎだったのか

もはや細かいことは

思い出せない………(*_*;






あの頃は
役に生きることに一生懸命だった。


娘の小学校入学とともに
身寄りのない
見知らぬ土地で
生活を始めて。


小さな町だから。


まだその頃は
外から入って来る人は少なかったから。


地付きの人同士の繋がりが強い
小さな町で

人間関係を築くために

子ども達が受け入れてもらえるように

お友達や頼もしい大人と
たくさん巡り会えるようにと

ただひたすらに
役を生き 
生き抜いていました。

おそらく
最も長く「私」を家出させていた期間……




子育てに直接関係のないことに
かまける自分も

それを好きと言うことさえも

罪悪感を通り越して
嫌悪しているような……

「母」としてしっかり生きなければと
とにかくそう思っていた。



理由は複数あって
複雑に絡み合っていて。


ただ1つ明確に言えるのは
私達が育った時代は
「限界まで頑張るのが当然」の
時代だったってこと。




頑張れ

黙って耐えろ

まだまだ足りない

甘えるな

もっともっと頑張るんだ!




何が起こっても自己責任。
外に原因は一切なくて

しかも連帯責任の「ケツバット🏏」が
横行していた時代だもの。

全くもって理解できないと
静観していたけれど
虚無の域にまで達していたけど

それでも
身体に染付かされていたんだなぁと
今になって思う。


もちろんそれが全てではないのだけれど
当時の私は

目の前にいるこの子達が

健やかに幸せに

自分の「やりたい」と思えることをやって

希望を叶えて成し遂げてくれたら

そうしてこの子達を育て上げたら

私はそれでもういいと

自分はそのまま消えてもいいと

そう思っていた。




でも、けして悲壮感の中にいたわけではなくて。

ワンオペにも程があるよなぁ……と
身体の疲労感はあったけれど

ときどき闇に襲われもしたけれど

それでも私は
役を「演じていた」のではなく

しっかりと
役を「生きていた」のであって

子ども達と密接な濃密な時間を過ごし

幸せだった。

(ただ自分勝手に幸せだったのかもしれないけれど……)


子ども達も幸せだったと信じたい……


信じ……よう……





そう。

私の中のベイブレード
しんどくも幸せだったワンオペ子育ての記憶。



本当に疲れ切って擦り切れて

なにかがおかしいと気づくのは

「私」の捜索願を出さなくてはと思うのは

まだもう少し先の話………


 


以上 
ベイブレードに関するよしなしごと( ・ิϖ・ิ)


おしまい。



読みに来てくださった方ありがとうございます。

We all shine on🍀 SAKURASAKE🌸